2011年4月23日土曜日

『デフレの正体』藻谷氏の主張はまっとうか?

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藻谷氏の主張は現実には成り立ちません。藻谷氏の主張のとおりに数式を立てて計算すると、「労働力人口が減少し続けると供給が消費需要よりも速く減少する」ことになります。 これは、藻谷氏の主張「労働力人口が減少し続ける限り、恒常的に供給超過になる」とは逆になります。つまり、彼の主張は間違いであるということです。

藻谷氏の主張(『デフレの正体』第6講)

昨年出版され、ベストセラーになっている『デフレの正体』。この本は、1講から5講までは「前座」であり、著者の主張がなかなか見えてこない、という意味で難しい本です。そんな『デフレの正体』。この藻谷氏は何を主張したかったのでしょうか。それは第6講に書かれています。すなわち、
労働力人口が減少し続ける限り、国内消費需要は縮小し続け、恒常的に供給超過になる
(pp.140-141から)
ということです。それ以降の藻谷氏の主張は、すべてこれを根拠としています。…が、藻谷氏のこの主張、この本の中では根拠が示されていないのです。それでは藻谷氏の主張が「まっとう」かどうかわかりませんね。

…ということで、今回は「藻谷氏の前提にしたがって、藻谷氏の主張が正しいかどうか」計算しながら考えてみましょう。

藻谷氏の主張を数式で表してみよう(準備)

藻谷氏の主張は、「消費需要」と「供給」とを比較したものです。これを検証するには「「消費需要」と「供給」が時間と共にどのように動くか」をはっきりさせておく必要があります。そのためには、これらを数式で表してしまうのが手っ取り早いです。ということで、藻谷氏の主張を数式で表す準備として、家計の消費と供給能力をそれぞれ数式で表してみましょう。

家計の消費

  • 家計の消費額:$C$
  • 労働力人口:$N_w$
  • 労働力人口に属する方の一人当りの消費額:$c_w$
  • 非労働力人口:$N_n$
  • 非労働力人口に属する方の一人当りの消費額:$c_n$
以上のように定義し、家計の消費額$C$を、労働力人口に属する方の消費$N_w c_w$,非労働力人口に属する方の消費$N_n c_n$の和の形で表しましょう。
\[C = N_w c_w + N_n c_n\]
ここで、仮に一人当りの消費額を一定とし、
  • 労働力人口の増加人数:$\Delta N_w$
  • 非労働力人口の増加人数:$\Delta N_n$
と定義します。これを用いて、現在から1期進んだ時の家計消費額$C$の変化額$\Delta C$を以下のように表します。
\begin{align*}
C_{t+1} - C_t \equiv \Delta C
&= \left[ (N_w + \Delta N_w) c_w + (N_n + \Delta N_n) c_n \right] - [N_w c_w + N_n c_n] \\
& =\Delta N_w c_w + \Delta N_n c_n \\
\end{align*}

ここで、
  • $\alpha$:「非労働力人口に属する方の一人当り消費額$c_n$と、労働力人口に属する方の一人当り消費額$c_w$との比($c_n/c_w$)」  ($0<\alpha$)





と表すことにしましょう。($\alpha$が取る範囲は、$0 < \alpha$となります。$\alpha=0$を外すのは、「非労働力人口に属する方は一切消費をしない」というのは現実にはありえないためです) $\alpha$を使い、$\Delta C$を以下のように表しましょう。 \begin{align*} \Delta C &= c_w \Delta N_w + \alpha c_w \Delta N_n \\ & = c_w \Delta N_w \left\{ 1 + \alpha \frac{\Delta N_n }{\Delta N_w} \right\} \end{align*}

供給能力

次に、国全体の製品やサービスの供給能力を考えましょう。
  • 国全体の製品やサービスの供給能力を$S$とし、
  • 労働力人口一人当りの生産額を$P$
として、以下のように表します。 \[ S = N_w P \] ここで、先ほど一人当りの消費額を一定としたように、一人当りの生産額$P$を一定と仮定しておきます。一定時刻$t$から時刻${t+1}$へ進んだ際の供給能力($S$)の変化量$\Delta S$を表しましょう。 \begin{align*} S_{t+1} - S_t \equiv \Delta S &= ( N_w + \Delta N_w ) P - N_w P \\ &=\Delta N_w P \end{align*} 以上で、「「需要」と「供給」が時間と共にどのように動くか」を表すことができました。これで、藻谷氏の主張を数式で表ことができます。

数式で表した藻谷氏の主張

藻谷氏の主張は、
労働力人口が減少し続ける限り、国内需要は縮小し続け、恒常的に供給超過になる
というものでした。この主張はつまり、「労働力人口が減少し続ける限り、供給($S$)より消費($C$)が速く減少する(つまり、$\Delta S$よりも$\Delta C$がマイナス方向に大きくなる)」ということです。藻谷氏の主張をここまでの数式で表すと、
藻谷氏の主張: 労働力人口の変化がマイナスである($\Delta N_w<0$である)かぎり、必ず \[ \Delta S > \Delta C \] となる。 これを変形すると、$ \Delta S <0, \quad \Delta C<0 $から、 \[ \frac{\Delta C}{\Delta S} > 1 \] となる(but正しいかどうかは未確認)
となります。果たして、この主張は妥当なものでしょうか? $\frac{\Delta C}{\Delta S}$をこれまでの数式を使って表しましょう。 \begin{align*} \frac{\Delta C}{\Delta S} &= \frac{c_w \Delta N_w \left\{ 1 + \alpha \frac{\Delta N_n }{\Delta N_w} \right\} } {\Delta N_w P } \\ & = \frac{c_w \left\{ 1 + \alpha \frac{\Delta N_n }{\Delta N_w} \right\} }{P} \end{align*} 以上から、消費需要が供給量より速く減少するかどうか($\frac{\Delta C}{\Delta S}$が1より大きいか小さいか)は、家計消費全体に占める「非労働力人口に属する方の消費のシェア」$\alpha$の大きさが影響することがわかります。ここまでは、藻谷氏の主張とも合っています。

藻谷氏の主張が成り立つ条件

では、消費需要が供給量より速く減少するかどうかの境目はどこになるのでしょうか。 仮に藻谷氏の主張が成り立つとして計算してみましょう。
藻谷氏の主張が成り立つとき、 \begin{align*} \frac{\Delta C}{\Delta S} & = \frac{c_w \left\{ 1 + \alpha \frac{\Delta N_n }{\Delta N_w} \right\} }{P} > 1 \\ \end{align*} となる。これを$P>0,c_w>0$であることに注意して変形すると、 \[ \left\{ 1 + \alpha \frac{\Delta N_n }{\Delta N_w} \right\} > \frac{P}{c_w}. \] さらに$ \Delta N_w < 0 $であることを留意して変形すると、
  1. 非労働力人口が増加している($ \Delta N_n > 0 $である)ときは、
    \[ \alpha < \frac{ \frac{P}{c_w} - 1}{ \frac{\Delta N_n}{ \Delta N_w}} \] となる。




  2. 非労働力人口が減少している($ \Delta N_n < 0 $である)ときは、 \[ \alpha > \frac{ \frac{P}{c_w} - 1}{ \frac{\Delta N_n}{ \Delta N_w}} \]
    となる。




藻谷氏の主張は正しいか?

では、実際は藻谷氏の主張は成り立つのでしょうか。$\frac{ \frac{P}{C} - 1}{ \frac{\Delta N_n}{ \Delta N_w} }$の値を計算してみましょう。 この式のアルファベットはそれぞれ、
  • $P$:労働力人口一人当り生産額 :[名目GDP(2010年(年間): 479兆1791億円)]/労働力人口 )
  • $c_w$:労働力人口に属する人の一人当りの消費需要額
  • $\Delta N_n$:非労働力人口の増加人数 (2009年4430万人 〜 2010年4453万人で +23万人の変化 )
  • $\Delta N_w$労働力人口の増加人数 (2009年6617万人 〜 2010年6590万人で -27万人の変化 )
を表したものでした。これに現実(2010年)の数値を入れて、計算してみましょう。 なお、「労働力人口に属する人の消費需要額」については統計が存在しません。今回は便宜上、[一国の家計最終消費支出(帰属家賃除く,2010年(年間): 227兆6549 億円)]を用いています。従って、$\frac{P}{c_w}$の値は現実より小さい数値となります。 \[ \frac{ \frac{P}{c_w} - 1}{ \frac{\Delta N_n}{ \Delta N_w} } = \frac{\frac{479.2}{227.7}-1} {\frac{+23}{-27}} = -1.2966... \sim -1.297 \] また、$\Delta N_n = 23 > 0$となっていることから、藻谷氏の主張が成り立つときは、 \[ \alpha < \frac{ \frac{P}{c_w} - 1}{ \frac{\Delta N_n}{ \Delta N_w}} \] となることがわかります。 以上のことから、
  • 藻谷氏の主張が成り立つ($\frac{\Delta C}{\Delta S} < 1$となる)には、少なくとも$\alpha < -1.297$ となる必要がある





  • 一方$\alpha \ge -1.297$ となれば、必ず$\frac{\Delta C}{\Delta S} \ge 1$であり、藻谷氏の主張は成り立たない




ことがわかります。ところで、$\alpha$とは、「非労働力人口に属する方の一人当り消費額$c_n$と、労働力人口に属する方の一人当り消費額$c_w$との比」で、$\alpha$が0以下になるというのは、現実にはありえないことなのでした。すなわち、
実際は、常に$0 < \alpha $である。したがって、 労働力人口の変化がマイナスであり($\Delta N_w<0$)、非労働力人口の変化がプラスである($\Delta N_n > 0$)とき、常に \[ \Delta C > \Delta S \] であり、供給が消費需要よりも速く減少する。 つまり、労働力人口が減少し続けると供給が消費需要よりも速く減少する。 したがって、藻谷氏の主張労働力人口が減少し続ける限り、恒常的に供給超過になるは、成り立たない。
ということがわかります。またこの結果は、「非労働力人口に属する人が1円も消費をしない($\alpha=0$)状態」であっても同じです。

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