OECDのデータ(1979-2008)を用い、国別に潜在GDP成長率とインフレ率との相関係数を計算し、相関係数の検定を行った。結果、潜在GDP成長率とインフレ率との間に正の相関がある国と、負の相関がある国は、ほぼ同数になった。このことから分かるのは、「潜在GDP成長率とインフレ率との間には一定の関係はない」---「潜在GDP成長率の低下がデフレをもたらす」という主張は、現実のデータに反している---ということだ。
「潜在成長率の低下がデフレをもたらす」という主張がなされることがある。はたして、これは本当だろうか。もしこの主張が本当なら、少なくとも、各国ごとにデータを見た際、潜在GDP成長率と物価変化率との間に高い負の相関がある国は、高い正の相関がある国に比べ、ごく少数しか存在しないことになる。
当記事では、以下の手順を踏み、「潜在GDP成長率の下落がデフレをもたらす」という主張を検証する:
- OECDの年次データを用いて、各国ごとに潜在GDP成長率と物価変化率との相関係数を算出した後、
- 各国の相関係数について検定を行い、
- 有意となった相関係数の符号ごとの数を数える:プラスが-個、マイナスが-個、といった具合に。
- この時、プラスの数が多く、マイナスの個数が少ないならば、「潜在成長率の停滞とデフレには関係がある」ことは否定できないことになる。
それでは検証に移ろう。
OECDのデータ(OECD Economic Outlook, No.86)から、1978年-2008年[注1]の
- 潜在GDP
- 消費者物価指数 (CPI)
- GDPデフレータ
を算出した。計算結果は上記リンク先参照。なお、上記リンク先には、 各国の相関係数について、有意水準5%、帰無仮説:[相関係数=0]、として検定を行った結果を併記してある。[注2]
上記リンク先の検定結果については、(1,0,-1)の3種類の数字で記載した。各数値がそれぞれ表すのは、「1」が「帰無仮説が棄却され([相関係数≠0]となる確率が95%以上)、かつ相関係数の符号が正」の状態、「-1」が「帰無仮説が棄却され、かつ相関係数の符号が負」の状態、「0」が「帰無仮説が棄却されない(相関係数が0であることを否定できない)」状態、である。
ここで、相関係数の検定結果が正(負)になる国数を見てみよう(下図)。
上の図を見ると、対CPI変化率では、[0]([相関係数=0]が棄却できない)となった国が13と最多、[+1]と[-1]はそれぞれ 7 , 6 ,である。対GDPデフレータ変化率についても、[0]となった国が15, [+1]が 6 ,[-1]が 7 ,となっている。高い負の相関がある国と、高い正の相関がある国が、ほぼ同数存在しているのである。
これは「潜在GDP成長率と物価変化率との間に高い負の相関がある国は、高い正の相関がある国に比べて、ごく少数しか存在しない」と言う状態ではない。「潜在成長率の低下がデフレをもたらすならば、間違いなく満たされる条件」が満たされていないのである。すなわち、「潜在成長率の低下がデフレをもたらす」という主張は、実際のデータに反しているのである。言いかえれば、特定の国で潜在成長率とインフレ率が相関があっても、それは一般的なものではない---たまたまそうなっただけ---ということだ。
以上、「潜在GDP成長率の低下がデフレをもたらす」という主張は、事実---少なくとも、現実のデータ---に反する主張であることを示した。
[↑注1]キングストン合意(金廃貨・変動相場制移行)の発効が1978年3月のため、他の条件を一緒にするために1979年をデータ始期(加工後)とした。
[↑注2]計算にはR(http://cran.r-project.org/)を用いた。使用したコードはこちら。
参考
- 「潜在成長率の低下は実際にデフレをもたらしているのか」- keiseisaiminの日記 ークロスセクションでの分析を行い、潜在成長率とデフレの関係は見られないと述べている。
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