2014年6月18日水曜日

松屋バイト時給観測(20140617,深夜時給編)

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---深夜---

20140617時点での全国の松屋について、
公式サイト掲載店舗数965件のうち、
深夜アルバイト募集中の店舗は952件ありました。
時給平均は1191.9,
中央値は1200,
となっています。
各エリアの深夜時給平均値・中央値は以下のとおりです。
全国:
募集中店舗数:952
平均値:1192  中央値:1200
東京一都三県(東京・神奈川・埼玉・千葉):
募集中店舗数:578
平均値:1248  中央値:1250
東海四県(愛知・静岡・三重・岐阜):
募集中店舗数:75
平均値:1153  中央値:1125
関西二府四県(京都・大阪・兵庫・滋賀・奈良・和歌山):
募集中店舗数:151
平均値:1120  中央値:1100
東京・関西・東海を除くエリア:
募集中店舗数:148
平均値:1068  中央値:1075
全国、および各エリアの20140617現在の深夜時給のヒストグラムは以下のとおりです

松屋バイト時給観測(20140617,日中時給編)

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---日中---

20140617時点での全国の松屋について、
公式サイト掲載店舗数965件のうち、
日中アルバイト募集中の店舗は951件ありました。
時給平均は933.8,
中央値は920,
となっています。
各エリアの日中時給平均値・中央値は以下のとおりです。
全国:
募集中店舗数:951
平均値:934  中央値:920
東京一都三県(東京・神奈川・埼玉・千葉):
募集中店舗数:582
平均値:971  中央値:950
東海四県(愛知・静岡・三重・岐阜):
募集中店舗数:74
平均値:908  中央値:900
関西二府四県(京都・大阪・兵庫・滋賀・奈良・和歌山):
募集中店舗数:148
平均値:888  中央値:880
東京・関西・東海を除くエリア:
募集中店舗数:147
平均値:844  中央値:850
全国、および各エリアの20140617現在の日中時給のヒストグラムは以下のとおりです

2014年5月13日火曜日

作業姿勢の設定について

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池田良夫(1996)『エルゴノミックス (生産管理 理論と実践)』pp.156〜158に、作業姿勢の設定という題目でデスク周りの環境構築についての記載がある。作業台上のモノを置く範囲や椅子への要求事項が具体的な数値で記載されており、職場だけでなく家庭においても新規で椅子・机を購入する際の参考になる記述であると思う。以下箇条書きの形で書きだしていく。

作業姿勢について

作業姿勢には

  1. 椅座位(椅子に座った状態)
  2. 立位
  3. 椅座位・立位併用
以上の三種類ある。これらの姿勢にはそれぞれ有利な点があり、それを考慮して作業姿勢を決定する。なお、作業者の負荷を考え、基本的には椅座位を優先的に採用する。各々の作業姿勢の選定条件と、作業姿勢を作る際の留意点は以下の通り。

2011年11月26日土曜日

深井英五「日本銀行の国債引受と財政経済」

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深井英五(1938)「日本銀行の国債引受と財政経済」
http://hdl.handle.net/2433/131181
について、[旧漢字・旧仮名遣い]から[新漢字・新仮名遣い]への修正をし、打ち直しました。

2011年9月10日土曜日

「民のかまど」※日本書紀より私訳

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仁徳天皇四年の2月6日、天皇、群臣に詔をして曰く
「高台に登って国を望むと、国内から煙が登っていない。思うに、民はもうまったく貧しく、炊飯できるほどの食料も家にないのではないか?…こういう話を聞いたことがある。"良き君主の世には、人々は歌を歌い、家々もやすらか"という歌が古の世にあったと。今、朕は国政にあたって3年になった。歌声は聞こえてこない。煙もまったく登っていない。つまりは、五穀が実らず、民は窮乏しているのだ。畿内ですらそうなのだ。他の国では言うまでもなかろう。」

同年3月24日、詔して曰く
「今より以後、三年に至るまで、全ての庸調(課税)、労役を免除し、民の苦しみを取り除くのだ」と宣った。
この日から、破れてボロボロになるまで衣服や靴をつくらせず、腐っていない食料は取り替えず、宮殿の塀や屋根が崩れても修繕しなかった。風雨が隙間に入り、衣服を濡らした。屋根から覗く星々が、床をあらわにした。
こののち、天候も季節に従い、豊作となった。三年の間、民は豊かになった。民は日々の暮らしを謳歌し、炊飯の煙も立ち上るようになった。

仁徳天皇七年4月1日、天皇は高台から遠くを見渡すと、煙がたくさん登っていた。この日に皇后に語って曰く、
「朕はすでに豊かになった。心配することは何もない。」
皇后は答えて曰く、
「何をもって豊かになったというのですか」
「炊飯の煙が国中に登っておる。民が豊かになったということだ」
「塀は崩れ、宮殿は壊れ、屋内でも衣服が雨に濡れる始末。これのどこが豊かになったというのですか」
「天が君主を立てたのは、民のため。君主というのは、民があっての存在なのだ。古の聖王は、民が一人でも飢えたり寒さに凍えたりしたときには、政策を見直し、自らを責めたという。現在において民が貧しいということは、朕もまた貧しいということ。民が豊かになれば、朕もまた豊かになるということなのだ。この世で今だに、"民が豊かになって君主が貧しい"ということは、存在していないのだ」

同年9月、諸国の民からこのような申し出があった。「税も労役も免除になってからもう三年になります。宮殿は朽ち、政府の蔵はカラになっています。今は我々も豊かになり、道端の落し物をさらっていく者もおりません。里ではみな家族を持ち、家に蓄えが充分できるほどになりました。もしここで我々が税を払わず、宮殿を修繕しなければ、罰があたってしまいます」
それでもなお、天皇は税を免除し続けた。

仁徳天皇十年の10月、免税から6年後にして、天皇ははじめて税・労役をお命じになり、宮殿を再築した。民は誰からも強制されることなく、老いも若きも協力し、材木や土籠を背負った。昼夜をいとわず競って働き、程なくして宮殿は落成した。このゆえに、仁徳天皇は現在まで「聖帝」と呼ばれ、讃えられている。


参考

岩波書店(刊行)[1967]『日本書紀 上』日本古典文学大系 67,pp.390-392.